挨拶《あいさつ》で恐縮いたしますわ。実はわたくし、何と思っていらっしゃいますか存じませんが、精神病と云うようなことは只今《ただいま》始めて伺いますので、全く知らなかったのでございますの。でもほんとうにお調べになってようございましたわ。いいえ、そりゃもうそう云う訳でございましたら、仰っしゃるのが御|尤《もっと》もでございます。先方さんへは寔にお気の毒ですけれども、何とか私から巧い工合に申しますから、その点は御心配なく、………」 貞之助は相手の如才ない言葉にほっとして、用談を終えると怱々《そうそう》に辞したが、井谷は玄関へ送って出ながらも、気を悪くしているどころではない、自分こそ済まないと思っていると繰り返して云った。そして、きっとこの埋め合せに良い話を持って行くから待っていて戴きたい、なあに、そんなにお案じなさらないでも、あのお嬢さんなら必ずお引き請けしますから、何卒《なにとぞ》奥様にもそう仰っしゃって下さるようにと、頻《しき》りに云うのが、日頃の井谷の気象として、満更口先ばかりのようにも受け取れないので、この様子では事実そんなに感情を害してもいないのかと思えた。 その数日後、幸子は大阪の三越へ進物にする呉服物を調《ととの》えに行き、それを持って岡本へ廻ったが、井谷がまだ戻っていなかったので、品物だけ置いて、伝言をして帰って来た。と、翌日井谷から幸子へ宛《あ》てて慇懃《いんぎん》な礼状が来、何のお役にも立たなかったばかりか、自分の不行き届きから却っていろいろと無駄《むだ》なお手数を掛けた結果に終ったのに、こう云う御心配にあずかって相済まなく思っていると云う文句のあとに、必ずこのお埋め合せは致しますからと云う言葉が、そこにも繰り返して添えてあったが、それから十日ばかり過ぎて、今年も残り僅《わず》かになった或る日の夕刻、例の如《ごと》く蘆屋《あしや》の家の前に慌《あわただ》しくタキシーを停めて、ちょっと門口まで御挨拶に伺いましたと、井谷が玄関から声をかけた。幸子は折あしく風邪を引いて臥《ね》ていたけれども、貞之助が戻って来ていたので、ここで失礼致しますと云うのを強《し》いて応接間に請じ入れて暫《しばら》く話したが、その後瀬越さんはどうしていらっしゃるでしょうか、御当人は寔によい方だのにああ云うことで残念です、………ほんとうにお気の毒なお方で、………などと云ったようなことか