云うことで残念です、………ほんとうにお気の毒なお方で、………などと云ったようなことから、しかしあの方は、お母さんのそう云う御病気のことを此方が既に知っているものと思っておられたのでしょうね、と、貞之助が云うと、そう云えば、最初瀬越さんは妙に遠慮していらしって、気乗りがしない御様子でしたのが、後になる程だんだん熱心になられたのです、矢張最初はお母さんのことがあるので、控え目にしていらしったのかも知れませんね、と、井谷も云った。そうだとすれば此方の調べが手間取ったためにそう云う感違いをさせたわけで、僕達の方が重々悪いのです、と貞之助は云ってから、何卒これにお懲《こ》りにならずに是非又お世話をして戴きたく、と、この間も云った台辞《せりふ》を云うと、井谷は急に声をひそめて、「子供が大勢あるのさえお構いなければ、今も一つ話がないことはないんですがねえ」と、ちょっと気を引いてみるように云った。さては井谷はそれを云いたい腹もあって来たのだったかと心づいて、なおよく聞いてみると、その人と云うのは大和《やまと》の下市《しもいち》で某銀行の支店長をしてい、子供が五人あるのだけれども、一番上が男の子で、目下大阪の某学校に行っており、二番目のが女の子で、これは年頃になっているから近々|何処《どこ》かへ縁づくとすると、家にいるのは三人に過ぎない、生活の方は、その地方での一流の資産家であるから何の心配もない、と云うようなことなのであったが、五人の子持ちで、下市と聞いただけで、話にも何にもならないと思って、貞之助は途中から興味のない顔つきをした。井谷もそれを看《み》て取って、とてもこんなのはお嫌《いや》でしょうからと、直《す》ぐ引っ込めてしまったが、それにしても、何のつもりで此方が承知する筈のない悪条件の話を持ち出したのか、矢張井谷は内心不快を感じていて、こんなところがちょうど相当な御縁なのですよと、暗に諷《ふう》したのであるかも知れなかった。 井谷を送り出してから、貞之助が二階の部屋へ上って行くと、幸子は臥たまま浴用タオルで顔を覆うて吸入をかけていたが、 「井谷さん又縁談を持って来やはったんやて?」 と、かけ終えるとタオルで目鼻を拭《ぬぐ》いながら云った。 「ふん、………誰に聞いたん?」 「今悦子が知らせに来てんわ」 「へえ、何とまあ、………」 さっき貞之助が井谷と話しているところへ