が止《や》んだと見て、妙子は写真を抽出に戻して、階段の降り口まで出て行ったが、降りずにそこから階下を覗《のぞ》いて、 「ちょっと、誰か」 と、声高《こわだか》に呼んだ。 「―――御寮人《ごりょうん》さん注射しやはるで。―――注射器消毒しといてや」 [#5字下げ]二[#「二」は中見出し] 井谷と云うのは、神戸のオリエンタルホテルの近くの、幸子たちが行きつけの美容院の女主人なのであるが、縁談の世話をするのが好きと聞いていたので、幸子はかねてから雪子のことを頼み込んで、写真を渡しておいたところ、先日セットに行った時に、「ちょっと奥さん、お茶に附き合って下さいませんか」と手の空《あ》いた隙《すき》に幸子を誘い出して、ホテルのロビーで始めてこの話をしたのである。実はこちらへ御相談をしないで悪かったけれども、ぐずぐずしていて良い縁を逃がしてはと思ったので、お預かりしてあったお嬢様のお写真を何ともつかず先方へ見せたのが、一箇月半程も前のことになる。それきり暫《しばら》く音沙汰《おとさた》がなかったので、自分は忘れかけていたのであったが、先方ではその間にお宅さんのことを調べた模様で、大阪の御本家のこと、御分家のお宅さんのこと、それから御本人のことについては、女学校へも、習字やお茶の先生の所へも、行って尋ねたらしい。それで御家庭の事情は何も彼《か》も知っていて、いつかの新聞の事件なども、あの記事が誤りだと云うことはわざわざ新聞社まで行って調べて来ているくらいなので、よく諒解《りょうかい》していたけれども、なお自分からも、そんなことがあるようなお嬢様かどうかまあお会いになって御覧なさいと云って、納得が行くように説明はしておいた。先方は謙遜《けんそん》して、蒔岡《まきおか》さんと私とでは身分違いでもあり、薄給の身の上で、そう云う結構なお嬢様に来て戴《いただ》けるものとも思えないし、来て戴いても貧乏所帯で苦労をさせるのがお気の毒のようだけれども、万一縁があって結婚出来るならこんな有難いことはないから、話すだけは話してみてほしいと云っている。自分の見たところでは、先方も祖父の代までは或《あ》る北陸の小藩の家老職をしていたとかで、現に家屋敷の一部が郷里に残っていると云うのであるから、家柄の点ではそう不釣合《ふつりあい》でもないのではあるまいか。お宅さんは旧家でおありになるし、大阪