でしょうからと、直《す》ぐ引っ込めてしまったが、それにしても、何のつもりで此方が承知する筈のない悪条件の話を持ち出したのか、矢張井谷は内心不快を感じていて、こんなところがちょうど相当な御縁なのですよと、暗に諷《ふう》したのであるかも知れなかった。 井谷を送り出してから、貞之助が二階の部屋へ上って行くと、幸子は臥たまま浴用タオルで顔を覆うて吸入をかけていたが、 「井谷さん又縁談を持って来やはったんやて?」 と、かけ終えるとタオルで目鼻を拭《ぬぐ》いながら云った。 「ふん、………誰に聞いたん?」 「今悦子が知らせに来てんわ」 「へえ、何とまあ、………」 さっき貞之助が井谷と話しているところへ、すうっと悦子が這入《はい》って来て、椅子に腰かけて聞き耳を立て始めたので、お前は彼方《あっち》へ行っていなさい、子供がこんな話を聞くものではないと云って、貞之助は彼女を追い遣《や》ったのであったが、きっと食堂へ退いて盗み聞きしていたのであろう。――― 「やっぱり女の児はこう云う話に好奇心持つねんな」 「子供が五人あるのんでっしゃろ」 「何と、それも云うたんか」 「はあはあ、長男が大阪の学校へ行ってはって、長女がもう直き嫁に行かはる年頃で、………」 「ええ?」 「大和の下市の人で、何やら銀行の支店長してはって、………」 「こりゃ驚いた、油断も隙《すき》もならへんわい」 「ほんに、これからよっぽど気イ付けなんだら、えらいことになりまっせ、今日は雪子ちゃんが留守やよってによかったけど」 毎年、年末から正月の三箇日へかけては雪子も妙子も本家へ帰ることにしてあったので、雪子は妙子より一と足先に、昨日帰って行ったのであったが、彼女がいたら全くどんなことになったか知れないと思って、夫婦は胸を撫《な》でおろした。 幸子はいつも冬の間に気管支|加答児《カタル》を患《わずら》う癖があり、悪くすれば肺炎になりますと医者に嚇《おど》かされて一箇月近くも臥るのが例になっているので、些細《ささい》な風邪にもひどく用心するのであるが、好い塩梅《あんばい》に今度は咽喉《のど》で食い止めたらしくて、漸《ようや》く平熱に復しつつあった。で、いよいよ押し詰まった廿五日に、まだ一日二日は部屋に籠《こも》っているつもりで、寝床の上にすわりながら新年の雑誌を読んでいると、これから本家へ帰るのだと