った。 「去年はこいさん、大晦日《おおみそか》に帰って行ったやないか」 「そうやったか知らん。………」 妙子はここのところ、来年早々第三回目の人形の個展を開くためにずっと製作に熱中していて、もう一箇月も前から毎日の大部分を夙川《しゅくがわ》のアパートで暮していたが、その間に又、舞の稽古《けいこ》も捨てられないと云って、一週に一度ずつ大阪の山村の稽古場に通っていたので、幸子は暫くこの妹とおちおち顔を合わしたことがないような気がしていた。彼女は本家が妹たちを大阪へ呼び寄せたがっていることを知っているので、決して手元へ引き留めるつもりはないのだけれども、雪子以上に本家へ行くことを嫌《きら》う妙子が、例年になく早く帰ると云い出したのを、何がなし不思議に思ったのであったが、そう云ってもそれは、奥畑との間に何か約束でもしているのではないかと云った風な人の悪い疑念ではなしに、ただこの早熟な末の妹が、一年々々とほんとうの大人になりつつあり、誰よりも一番頼りにしていた自分の側をさえ離れて行きつつあるような、一種の淡い物足らなさを覚えたまでのことなのであった。 「うち、やっと仕事が済んだよってに、大阪へ帰って、当分毎日舞の稽古に通おう思うてるねん」 と、妙子は弁解とも付かずに云った。 「今、何習うてるのん」 「お正月やよってに、『万歳』教《お》せてもろてるねん。中姉《なかあん》ちゃん、地イ弾けるやろ」 「ふん、大概覚えてるやろ思うわ」 と、幸子は直ぐに口三味線で唄い出した。――― 「徳若《とくわか》に御万歳《ごまんざい》と、御代《みよ》も栄えまします、ツンテントン、愛敬《あいきょう》ありける新玉《あらたま》の、………」 妙子はそれに乗りながら、立ち上って、身振をし始めたが、 「待って待って、中姉ちゃん」 と、自分の部屋へ走って行って、手早く洋服を着物に着換えて、舞扇を持って戻って来た。 「………チッツンチッツン、ツン、チンリン、チンリンやしょめ、やしょめ、京の町の優女《やしょめ》、………大鯛《おおだい》小鯛、鰤《ぶり》の大魚《おおうお》、鮑《あわび》、栄螺《さざえ》、蛤子々々《はまぐりこはまぐりこ》、蛤々、蛤召ッさいなと、売ったる者は優女《やしょめ》。そこを打ち過ぎ傍《そば》の棚《たな》見たれば、金襴緞子《きんらんどんす》、緋紗綾緋縮緬《ひさあやひぢりめん》、と