を止めようともしないでしまった。 [#5字下げ]二十一[#「二十一」は中見出し] 幸子の黄疸《おうだん》は大して重いと云うのでもなしに長いこと恢復《かいふく》しないでいて、どうやら直りかけたのは入梅に這入《はい》ってからであったが、或《あ》る日彼女は本家の姉から見舞の電話を貰《もら》ったついでに、意外な事を耳にした。と云うのは、今度義兄が、東京の丸の内支店長に栄転するについて、近々本家は上本町を引き払い、一家を挙げて東京へ移住しなければならなくなった、と云うのである。 「ふうん、それ、いつやのん」 「兄さんは来月から、云うことやねん。そんで、取りあえず兄さんだけ先に行って、住む家捜しといて貰わなならんよってに、あたし等の行くのんは後になるけど、子供の学校の関係もあるさかい、どうでも八月一杯には立って行かんと、………」 姉はそう云ううちにもおろおろ声になりつつある様子が、電話でもよく分るのであった。 「そんな話、前からあったん?」 「それがなあ、ほんまに突然やねんわ。兄さんかてなんにも聞いてえへなんだ云うてはるぐらいやねん」 「来月とはえらい急な話やないか。―――大阪の家はどないするのん」 「どないしてええか、まだちょっとも考えてえへん。―――何せ、東京に行くようなこと、夢にも思うてえへなんだよってに」 いつも電話で長話をする癖のある姉は、切りかけては又しゃべり出し、しゃべり出しして、生れてからまだ一遍も離れたことのない大阪の土地を、三十七と云う年になって離れなければならない辛《つら》さを、それから三十分にも亘《わた》って綿々と訴えるのであった。――― 姉に云わせると、親戚《しんせき》や夫の同僚の誰彼など皆御栄転でおめでたいと云って祝ってくれる人達ばかりで、自分の心持を分ってくれる者が一人もない、たまに一端を洩《も》らしてみても、今時そんな旧弊なことをと、誰も一笑に附して真面目《まじめ》に取り合ってくれない。ほんとうに、その人達の云う通り、これが遠い外国とか、交通不便な片田舎へ遣《や》られでもすることか、東京のまん中の丸の内へ勤務することになって、勿体《もったい》なくも天子様のお膝元《ひざもと》へ移住すると云うのに、何が悲しいことがあろうと、自分でもそう思い、われとわが胸に云い含めているのだけれども、住み馴《な》れた大阪の土地に別れを告げると