許して貰ったことがあり、銀行の方でも、それからは旧家の婿と云う辰雄の身分柄を考えてくれて、彼だけは転任させられないものと認めているらしい様子だったので、はっきりそう云う諒解《りょうかい》を得たのではなかったけれども、何となく、永久に大阪に定住出来るように思い込んでいたのであった。従って、今度のことは彼女達には青天の霹靂《へきれき》であったが、それは一つには、銀行の重役級に異動があって方針が変ったせいでもあり、一つには、辰雄自身、今度は大阪を離れても地位の昇進を望む気持になっていたせいでもあった。と云うのは、辰雄にしても、同輩の者達がだんだん出世するのに自分だけ呉下の旧阿蒙《きゅうあもう》でいるのは余り腑甲斐《ふがい》なくもあるし、その後子供たちの数も殖えて、生活費が嵩《かさ》んで行く一方、経済界の変動や何かで、養父の遺産と云うものが以前のようには頼りにならなくなって来たからであった。 幸子は、郷土を追われて行くように感じている姉の胸のうちもいとおしく、家にも名残が惜しまれるので、見舞をかねて早速訪ねようと思いながら、差支えが出来て二三日ぐずぐずしていると、姉は又電話をかけて来て、いつ大阪へ帰って来られることか分らないけれども、さしあたりこの家へは「音やん」の家族に留守番かたがた安い家賃で住んで貰うことにした、ついては、八月と云えば間もないことだから荷物の整理もして置かなければと、近頃は毎日土蔵の中で暮しているが、父が亡くなってからこのかたの家財道具が溜《たま》っているので、何処《どこ》から手をつけてよいのやら、いたずらに取り散らかした品物の山を眺《なが》めて茫然《ぼうぜん》としている、きっとそれらの品物の中には、あたしには用がなくても幸子ちゃんが見れば欲しいものがあるだろうから、一度見に来てくれてはどうか、と云うような話であった。「音やん」と云うのは金井音吉と云って、父が昔浜寺の別荘で使っていた爺《じい》やで、今では忰《せがれ》が嫁を貰って南海の高嶋屋に勤めてい、気楽な身の上になっているのであるが、その後も始終出入りをしていた関係から、彼の一族に跡を託すことになったのであろう。 その、二度目の電話のあった明くる日の午後に幸子は出かけたが、行ってみると、中前栽の向うに見える蔵の戸前が開いているので、 「姉ちゃん」 と、観音開きの所から声をかけながら這入《はい》って