鶴子ちゃんを安心さしてやりましょう、こいさんに会えんでえらい惜しゅうごわっけど、幸子ちゃんからあんじょう話しといておくれやすと云って、夕方、少し片蔭の出来るのを待って帰って行ったが、明くる日の午後には雪子も、幸子や悦子にほんの当座の挨拶《あいさつ》をして、ちょっと行って来る、と云う形で出て行った。荷物なども、蘆屋に滞留中は三人の姉妹が必要に応じて晴れ着を融通し合うことにしていたので、自分の物と云っては、着換えの羅衣《うすもの》や下着類が二三枚来ていただけなのであるが、それに読みさしの小説一冊を縮緬《ちりめん》の風呂敷に小さく包んだのをお春が持って、阪急の駅まで送って来たところは、二三日の旅に出るほどにも見えない身軽さであった。悦子も、昨日富永の叔母が見えた時はシュトルツ氏方へ遊びに行っていて、夜になってから始めて事柄を聞かされたのであったが、暫く手伝いに行くだけで直き戻って来るように話されたせいもあるかして、幸子の思っていた通り、そんなに跡を追う様子もなく済んでしまった。 出立の日は、辰雄夫婦と、十四歳を頭に六人の子供と、雪子と、九人の家族が、女中一人と子守一人を連れ、総勢十一人で、大阪駅を午後八時半発の列車に乗り込むことになった。幸子は見送りに行くべきだけれども、自分が行けば尚更《なおさら》姉ちゃんが泣き出したりして見っともない光景を演じるであろうからと、わざと遠慮して、貞之助が一人で行ったが、待合室には早くから受付が出、百人近くも集った見送り人の中には先代の恩顧を受けた芸人、新町や北の新地の女将や老妓《ろうぎ》も交っていたりして、さすがに昔日の威勢はなくとも、旧《ふる》い家柄を誇る一家が故郷の土地を引き払うだけのものはあった。妙子は、とうとう逃げ廻って最後の日まで本家へ顔を出さずにいて、漸《ようや》く出立の間際《まぎわ》に駅頭へ駈《か》けつけ、混雑に紛れて義兄にも姉にも簡単な挨拶をしただけであったが、帰りしなに、プラットフォームから改札口へ歩いて行く途中で、 「えらい失礼ですけど、あんさん蒔岡はんの娘《とう》ちゃんでっか」 と、うしろから呼びかけられて、振り返って見ると、それは舞の名手として有名な新町のお栄と云う老妓であった。 「そうです、わたし妙子です」 「妙子さん云やはんのん、何番目の娘《とう》ちゃんでしたかいな」 「一番下の妹です」 「まあ、こい