調べを先にしてからでなければ会うのは厭《いや》だと云うでしょうから、宜《よろ》しかったら私達の手で大至急調べますけれども、先ず兄さんや姉さんの考を聞かして下さい、と云ってやると、五六日過ぎて、姉にしては珍しいことに長い返事の手紙が来た。――― [#ここから1字下げ] 拝復 おくれ馳《ば》せながら新年おめでとう存じます、そちら皆々様お揃《そろ》いよきお正月をお迎えなされし由およろこび申します。此方《こちら》は初めての土地にて何やら一向それらしい気分も味《あじわ》わず松の内もあわただしく過してしまいました、東京と云うところは冬が取り分けしのぎにくいと聞いていましたが一日として名物のから風が吹かぬ日はなく寒に入ってからの寒さはまことに生れて始めてのことにて今朝などは手拭《てぬぐい》が凍って棒のようになりバリバリ音がするのですが、こんなことは大阪では経験がありません、東京も旧市内だといくらかしのぎよいそうですがこの辺は高台で郊外に近いので一層寒いのだそうです、お蔭で家内中順々に風邪を引き女中たちまで倒れる始末ですが私と雪子ちゃんだけはどうやら鼻風邪の程度で済んでいます、しかしこちらは大阪に比べると埃《ほこり》が少く空気の清潔なことは事実にて、その証拠には着物の裾《すそ》がよごれません、此方で十日ばかり一つ着物を着通していましたけれども、わりに汚れませんでした。兄さんのワイシャツが大阪では三日で汚れますが、此方では四日間は大丈夫です さて雪子ちゃんの縁談のこと、いつもそちらでいろいろ心配して下すってほんとうに有難く思います、あの手紙と写真を早速兄さんに見せ相談しましたが、兄さんも近頃は心境が変化して前のようなうるさいことは云わず、大体あなた方に任せる気持になっているようです、ただ農学士で四十何歳になり水産技師をしているのではこの先そう月給が上る見込はないし、出世の道は止っているように思う、それで財産もなしに暮して行くのだと余り楽ではないだろうけれども、本人が承知なら兄さんは反対はしない、見合いも、本人の気が進んでいるならいつでも適当と思う時機にさせてくれて差支えないとのことです、ついては、もっとよく調べた上で見合いをさせるのが順序ですけれども、先方さんがそう云う希望なら、委《くわ》しい調べは後廻しにして見合いを急ぐことにしたら如何《いかが》でしょうか、多分貞之助さんか