、分っとります」 「どうせ知れることやさかい、蔭《かげ》で云うのんは構《か》めへんけど、………」 「は、………」 「こいちゃんに電話かけんでもええ?」 と、悦子が興奮した声で云った。 「かけて参りましょか」 「悦ちゃん、自分でかけなさい」 「ふん」 と云うと、悦子は電話口へ飛んで行って松濤《しょうとう》アパートを呼び出した。 「………ふん、そうやねん、やっぱり今日やってん。………こいちゃん早う帰って来なさい。………『つばめ』やないねん、『かもめ』やねん。………大阪までお春《はあ》が迎いに行くねん。………」 幸子は内裏雛《だいりびな》の女雛《めびな》の頭へ瓔珞《ようらく》の附いた金冠を着せながら、悦子の甲高い声がひびいて来るのを聞いていたが、 「悦ちゃん」 と、電話口の方へ怒鳴った。 「―――こいさんになあ、暇やったら姉ちゃん迎いに行ったげ、云いなさい」 「あのなあ、お母ちゃんがなあ、こいちゃん暇やったら迎いに行ったげなさいて。………ふん、ふん、………大阪九時頃やわ。………こいちゃん行く?………そんならお春《はあ》どん行かんかてええなあ?………」 妙子には、大阪駅まで雪子を迎えに行ってやれと云う幸子の言葉の意味が、よく分っている筈《はず》であった。去年、富永の叔母が雪子を連れ戻しに来た時の話では、二三箇月後には妙子も東京へ呼び寄せると云うことであったのに、上京以来本家が引き続きごたごたして、なかなかそれどころではないので、ついあれなりになっており、お蔭で妙子は前より一層自由|気儘《きまま》な境遇に置かれているのであったが、それだけに、雪子に貧乏|鬮《くじ》を抽《ひ》かせて自分ひとり巧《うま》いことをしているような、済まない気がしていたので、義理にも出迎えぐらいしなければならぬ訳であった。 「お父さんにもかけとこか」 「お父さんはええやないか、もう帰って来やはるわ」 夕方帰宅した貞之助も、あれから半年過ぎた今日となっては、ひどく雪子をなつかしいものに感じ、一時にもせよ、彼女に戻って貰いたくないと思ったりしたことで、自分を責める気持にさえなっていた。そして、着いたら直ぐに風呂へ這入《はい》れるようにしておけとか、夕飯は汽車の食堂で済まして来るだろうかとか、きっと寝しなにもう一度何か食べるだろうとか、細かいことに気を遣って、彼女の好物の白葡萄