かさも感じられ、掃除もよく行き届いていて、きちんと整理してあり、灰皿の底にも吸殻《すいがら》一つ溜《たま》っていないと云う風で、その辺の抽出《ひきだし》、状挿《じょうさし》などを調べてみても、何等|訝《いぶか》しく思われる節もなかった。 幸子は実は、何か証拠のようなものを発見するのではあるまいかと思って、それが恐さに出かけて来る時は気が進まなかったのが、これなら来てみてよかったと心からほっとして、反動的に前よりもなお妙子を信じてしまったが、そのまま一二箇月過ぎて、もうそのことが忘れられた時分、或る日妙子が夙川へ行っている留守に、奥畑がひょっこり訪ねて来て、「奥様にお目に懸りたい」と云い入れた。船場時代にはお互の家が近い所にあった関係から、幸子も満更知らない顔ではなかったので、兎に角面会してみると、突然で失礼だとは思ったけれども折入って御諒解を願いたいことがありましてと云う前置きの後で、先年自分達の取った手段は過激であったとは思うが、決して一時の浮気心から出た行為ではなかったこと、あの時自分達は引き離されてしまったが、自分はこいさん(―――「こいさん」とは「小娘《こいと》さん」の義で、大阪の家庭で末の娘を呼ぶのに用いる普通名詞であるが、その時奥畑は妙子のことを「こいさん」と云うばかりか、幸子のことを「姉さん」と呼んだ)との間に、父兄の諒解を得られるまで何年でも待とうと云う固い約束をしたのであること、自分の方の父兄は、最初はこいさんを不良か何かのように誤解していたが、芸術的才能のある真面目《まじめ》なお嬢さんであることを知り、又自分達の恋愛が健全なものであることをも知って来たので、今日では結婚に反対ではないらしいこと、などを語り、それで、こいさんから伺ったところでは、此方はまだ雪子姉さんの御縁がきまらないそうであるが、それがおきまりになってからなら、私達の結婚も許して戴《いただ》けると思うと云うことなので、こいさんとも相談の上で僕がお願いに出たのである、自分たちは決して急ぎはしない、適当な時期が来るまで待つが、ただ自分達がそう云う約束をした間柄であることを、此方の姉さんだけは分っていて戴きたい、そして自分達を信用していて戴きたい、尚《なお》又、いつの日にか本家の兄さんや姉さん達の方を然《しか》るべく執り成して、自分達の希望を遂げさせて下さるなら更に有難い、此方の姉さんは一