や》かな刷毛目《はけめ》をつけてお白粉《しろい》を引いていた。決して猫背《ねこぜ》ではないのであるが、肉づきがよいので堆《うずたか》く盛り上っている幸子の肩から背の、濡《ぬ》れた肌《はだ》の表面へ秋晴れの明りがさしている色つやは、三十を過ぎた人のようでもなく張りきって見える。 「井谷さんが持って来やはった話やねんけどな、―――」 「そう、―――」 「サラリーマンやねん、MB化学工業会社の社員やて。―――」 「なんぼぐらいもろてるのん」 「月給が百七八十円、ボーナス入れて二百五十円ぐらいになるねん」 「MB化学工業云うたら、仏蘭西《フランス》系の会社やねんなあ」 「そうやわ。―――よう知ってるなあ、こいさん」 「知ってるわ、そんなこと」 一番年下の妙子は、二人の姉のどちらよりもそう云うことには明るかった。そして案外世間を知らない姉達を、そう云う点ではいくらか甘く見てもいて、まるで自分が年嵩《としかさ》のような口のきき方をするのである。 「そんな会社の名、私《あたし》は聞いたことあれへなんだ。―――本店は巴里《パリ》にあって、大資本の会社やねんてなあ」 「日本にかて、神戸の海岸通に大きなビルディングあるやないか」 「そうやて。そこに勤めてはるねんて」 「その人、仏蘭西語出来はるのん」 「ふん、大阪外語の仏語科出て、巴里にもちょっとぐらい行《い》てはったことあるねん。会社の外に夜学校の仏蘭西語の教師してはって、その月給が百円ぐらいあって、両方で三百五十円はあるのやて」 「財産は」 「財産云うては別にないねん。田舎に母親が一人あって、その人が住んではる昔の家屋敷と、自分が住んではる六甲の家と土地とがあるだけ。―――六甲のんは年賦で買うた小さな文化住宅やそうな。まあ知れたもんやわ」 「そんでも家賃助かるよってに、四百円以上の暮し出来るわな」 「どうやろか、雪子ちゃんに。係累はお母さん一人だけ。それかて田舎に住んではって、神戸へは出て来やはれへんねん。当人は四十一歳で初婚や云やはるし、―――」 「何で四十一まで結婚しやはれへなんだやろ」 「器量好みでおくれた、云うてはるねん」 「それ、あやしいなあ、よう調べてみんことには」 「先方はえらい乗り気やねん」 「雪《き》あんちゃんの写真、行ってたのん」 幸子の上にもう一人本家の姉の鶴子がいる