葉の蔭からどのように眺《なが》めておいでか)と思うと、幸子は妙にたまらなくなって涙が一杯浮かんで来たが、 「こいさん、お正月はいつ帰って来る」 と、強いてその涙を隠そうともしないで云った。 「四日には帰るわ」 「そんならお正月に舞うて貰《もら》うさかいに、よう覚えて来なさいや。あたしも三味線稽古しとくよってにな」 蘆屋に家を持ってからは、大阪にいた時のようには年始の客も来ず、まして二人の妹たちまで留守になるので、近年は正月と云うと、ひっそりとした、間の抜けたような日を送ることになっているのが、夫婦の者にはたまにしんみりしてよかったけれども、悦子はひどく淋《さび》しがって、「姉ちゃん」や「こいちゃん」の帰って来るのを待ちあぐんだ。幸子は元日の午《ひる》過ぎから三味線を持ち出して、爪弾《つまび》きで「万歳」のおさらいをして、三箇日の間ずっと続けたが、しまいには悦子も聞き覚えて、「緋紗綾緋縮緬《ひさあやひぢりめん》、………」のところへ来ると、 「とんとんちりめん、とんちりめん」 と、一緒になって唄った。 [#5字下げ]十六[#「十六」は中見出し] 妙子の個展は今度は神戸の鯉川《こいかわ》筋の画廊を借りて三日間開催され、阪神間に顔のひろい幸子の蔭《かげ》の運動もあって、第一日で大部分の作品が売約済になると云う成績を挙げた。幸子は三日目の夕方、会場の取り片附けを手伝い旁※[#二の字点、1-2-22]《かたがた》雪子や悦子たちを連れて来たが、残務を終えておもてへ出ると、 「悦ちゃん、今夜はこいさんに奢《おご》って貰《もら》お。こいさんお金持やよってに」 「そやそや」 と雪子も嗾《けしか》けるような口調で、 「何処《どこ》がええ、悦ちゃん、洋食か、支那料理か」 「そうかて、まだお金受け取ってえへんねん。―――」 と、妙子は空惚《そらとぼ》けようとしても空惚けきれないで、ニヤニヤしながら云った。 「構《か》めへんわ、こいさん、お金やったら立て換えとくが」 幸子は妙子の懐《ふところ》に、諸雑費を差引いても少からぬ売り上げが這入《はい》る勘定であることを知っているので、何とかして奢らせようとかかるのであったが、井谷の話ではないけれども、幸子と違って現代式にチャッカリしている妙子は、こう云う場合にちょっとぐらい煽《おだ》てられてもそうやすやすと財布の