飛車《ひしゃ》の将棋の駒《こま》が描いてあるのであった。 「これ、見て下さい」 と、カタリナは又、上海《シャンハイ》時代の写真帳を出して来て、「これ、わたしの前の旦那《だんな》さん」「これ、わたしの娘」などと云った。 「この娘さん、カタリナさんによく似ています。別嬪《べっぴん》ですね」 「あなた、そう思いますか」 「ええ、ほんとうによく似ています。あなた、この娘さんに会いたいと思いませんか」 「この娘、今英国。会うこと出来ません。仕方ないです」 「英国の何処にいるか、あなた分っているんですか。あなたもし英国に行ったら、この娘さんに会うこと出来ますか」 「それ、分らない。けれど、わたし、会いたい。わたし、会いに行くかも知れませんね」 カタリナは別に感傷的にもならずに、平気でそんな風に語った。 貞之助と幸子とは、さっきから内々空腹を感じ出していて、互にそっと腕時計を見ては眼を見合わしていたが、会話の跡切《とぎ》れた時を待って、貞之助が云った。 「あなたの兄さん、どうしましたか。今夜お留守ですか」 「あたしの兄さん、毎晩おそく帰ります」 「ママさんは」 「ママさん神戸へ買い物に行きました」 「ああ、そう、………」 では「お婆ちゃん」は御|馳走《ちそう》の材料でも仕入れに行っているのではないか、とも思えたが、やがて柱時計が七時を打っても帰って来そうな様子がないので、狐《きつね》につままれたようであった。妙子は自分が姉達を引っ張って来た責任があるので、だんだん気が揉《も》めて来て、何の支度もしてない食堂の方を無躾《ぶしつけ》に覗《のぞ》き込んだりしたが、カタリナはそれを感じているのかいないのか、時々、ストーブが小さくて石炭が直ぐ立ってしまうので、後から後から石炭を投げ込んでいた。黙ると一層空腹が身にこたえるので、何か話題を見付けてしゃべっていなければならなかったが、そうそう話すこともなくなって、ふっと四人とも無言になる時があると、石炭のごうごう燃える音だけが際立《きわだ》って聞えた。ポインタア系の雑種の犬が一匹、鼻で扉《とびら》を押し開けて這入《はい》って来て、ストーブの火照《ほて》りが一番よく当る場所を選んで、人間達の脚と脚の隙間《すきま》へ割り込み、前肢《まえあし》の上に首を伸ばしてぬくぬくと蹲踞《うずく》まった。 「ボリス」 と、カタリナ