し非常識で、貞之助は馬鹿にされているような気がした。 「如何《いかが》でございましょう、雪子さんがお厭《いや》でなかったら、………」 「さあ、雪子はああ云うたちですから、厭と云うことは申しますまいけれども、話が順調に運びさえしましたら、そう云う機会は今後いくらでもある筈《はず》ですから、………」 「はあ、はあ」 と云いながら、夫人は漸《ようや》く貞之助の眼の色を看て取って、鼻を蝦《えび》のようにして苦笑いした。 「………それに何ですよ、そう云う風にされますと、雪子は一層極まりを悪がって口を利かなくなる方ですから、却《かえ》って結果が良くないだろうと思うんですが、………」 「ああ左様で。………いえ、ただちょっと思い付きましたので、申し上げてみただけなんですから、それなら何でございます、………」 しかし貞之助の癇《かん》に触ったのは、これだけではなかった。北京楼と云うのは省線の元町駅の山側の高台にあると云うので、自動車は横着けになるのでしょうなと、念を押すと、大丈夫です、御心配には及びませんと云うことであったが、行って見ると、成る程門前へ横着けになるにはなるが、そこは元町から神戸駅へ通う高架線の北側に沿うた道路に面していて、玄関まではなお相当に急な石段を幾階も上らねばならず、玄関から又二階の階段を上るのであった。幸子は貞之助に労わられつつ後《おく》れてゆっくり上って行ったが、二階へ上り切ってしまうと、廊下に立って海の方を展望していた野村が、そんなことには無頓着《むとんじゃく》に、 「どうです蒔岡さん、此処《ここ》はなかなか見晴らしがいいでしょう」 と、ひどく上機嫌《じょうきげん》な声で云った。すると、並んで立っていた陣場が、 「成る程、これはいい所をお見つけになりましたな」 と、合槌《あいづち》を打った。 「此処から港町《みなとまち》を瞰《み》おろしておりますと、ちょっと長崎へ参ったような異国情調を感じますな」 「そうですそうです、ほんとうに長崎の感じです」 「わたくし、南京《ナンキン》町の支那料理屋へはよく参りますのですが、神戸にこう云う家があるとは存じませんでした」 「此処は県庁に近いもんですから、僕等は始終やって来るんです。ちょっと料理も旨《うま》いんでしてね」 「ああ、左様で。………それに異国情調と申せば、この建物が何処か支那の港町に