楼と云うのは省線の元町駅の山側の高台にあると云うので、自動車は横着けになるのでしょうなと、念を押すと、大丈夫です、御心配には及びませんと云うことであったが、行って見ると、成る程門前へ横着けになるにはなるが、そこは元町から神戸駅へ通う高架線の北側に沿うた道路に面していて、玄関まではなお相当に急な石段を幾階も上らねばならず、玄関から又二階の階段を上るのであった。幸子は貞之助に労わられつつ後《おく》れてゆっくり上って行ったが、二階へ上り切ってしまうと、廊下に立って海の方を展望していた野村が、そんなことには無頓着《むとんじゃく》に、 「どうです蒔岡さん、此処《ここ》はなかなか見晴らしがいいでしょう」 と、ひどく上機嫌《じょうきげん》な声で云った。すると、並んで立っていた陣場が、 「成る程、これはいい所をお見つけになりましたな」 と、合槌《あいづち》を打った。 「此処から港町《みなとまち》を瞰《み》おろしておりますと、ちょっと長崎へ参ったような異国情調を感じますな」 「そうですそうです、ほんとうに長崎の感じです」 「わたくし、南京《ナンキン》町の支那料理屋へはよく参りますのですが、神戸にこう云う家があるとは存じませんでした」 「此処は県庁に近いもんですから、僕等は始終やって来るんです。ちょっと料理も旨《うま》いんでしてね」 「ああ、左様で。………それに異国情調と申せば、この建物が何処か支那の港町にあるような建て方で、変っているじゃございませんか。支那人の経営している支那料理屋と云うと、兎角殺風景なものが多うございますが、この欄干や欄間の彫刻と云い、部屋の中の装飾と云い、特色があって面白うございますな」 「港に一|艘《そう》軍艦らしいものが這入っておりますなあ、―――」 と、幸子も今は仕方なしに気を引き立てて、 「あれ、何処の国の軍艦でございましょうか」 などとおあいそを云っていたが、階下の帳場へ掛合いに行っていた陣場夫人が、その時困った顔をしてあたふたと上って来た。 「幸子さん、えらい申訳がないねんけど、日本間|塞《ふさ》がってるよってに、支那間で辛抱してほしい云うねんわ。………さっき電話かけた時は、分りました、確かに日本間取って置きます云うてんけど、何せ、ここのうちはボーイが支那人ばかりでっしゃろ、そやさかいに、何遍も念押したことは押したけど、やっぱ