は、『谷崎潤一郎全集 第十九巻』(中央公論新社2015年6月10日初版発行)と『谷崎潤一郎全集 第十五卷』(中央公論社1968年1月25日発行)では「しやはれへんねん」]」 「そこのとこ、ええように頼むわ」 「そんなら、兎に角、明日のとこだけ見合せてもろとくわな」 「ふん」 「ええやろ、それで」 「ふん」 立っている幸子には、坐って下を向いている雪子の表情を、どうにも読み取りようがなかった。 [#5字下げ]六[#「六」は中見出し] 「悦ちゃん、そんなら行って来まっせ」 雪子は出しなに洋間を覗《のぞ》いて、小女《こおんな》のお花を相手にままごとの道具を並べている悦子に云った。 「ええか、あんじょう留守番頼みまっせ」 「お土産分ってるなあ、姉ちゃん」 「分ってる。こないだ見といた御飯の炊《た》ける玩具《おもちゃ》やろ」 悦子は本家の伯母のことだけを「おばちゃん」と呼び、二人の若い叔母のことは「姉ちゃん」「こいちゃん」と呼ぶのであった。 「きっと夕方までに帰るなあ姉ちゃん」 「ふん、きっと帰る」 「きっとやなあ」 「きっとや、お母ちゃんとこいちゃんは神戸でお父さんが待ってはるさかい、晩の御飯たべに行くけれど、姉ちゃんは帰って来て悦ちゃんと一緒に内でたべる。何ぞ宿題あるのんやろ」 「綴方《つづりかた》があるねん」 「そんなら遊ぶのんええ加減にして、書いときなさいや、帰ってから見たげるよってに」 「姉ちゃん、こいちゃん、行ってらっしゃい」 そう云って玄関まで送って来た悦子は、スリッパアのまま土間へ降りて、敷石の上を跳びながら門の際《きわ》まで二人の叔母の跡を追って出た。 「帰るなあ、姉ちゃん、※[#「言+墟のつくり」、第4水準2-88-74]《うそ》ついたらいかんよ」 「何遍一つこと云うてるのん、分ってるがな」 「帰らなんだら悦子怒るよ、ええか姉ちゃん」 「ああうるさい、分ってる、分ってる」 雪子はしかし、自分が悦子からそう云う風に慕われているのが嬉《うれ》しいのであった。どう云う訳か、この児は母親が外出すると云ってもこんなにまで跡を追わないのに、雪子が出かける時はいつも執拗《しつこ》く附き纏《まと》って何とか彼とか条件を出さずにはいない。雪子は自分が、兎角《とかく》上本町の本家の方にいるのを嫌《きら》って蘆屋《あしや》