ってからたばこに火をつけるあいだ黙っていてまいねんわたくしは巨椋《おぐら》の池へ月見にまいるのでござりますがこよいはからずもこのところを通りましてこの川中の月をみることが出来ましたのは何よりでござります、それと申しますのもあなたさまが此処にやすんでいらっしゃるのをお見かけいたしましたばかりになるほどこれは恰好《かっこう》な場所だと気がつきましたようなわけでひとえにあなたさまのおかげでござります、まことに大淀の水を左右にひかえてあしのあいだから眺める月はまたかくべつでござりますなと吸いがらを根つけの上におとしてあたらしくつめた煙草へその火を移しながら、なんぞ、よい句がお出来になりましたらば拝聴させて下さりませという。いやいや、おはずかしい出来ばえでなかなかおきかせするようなものではないのですとあわてて手帳をふところにしまい込むと、ま、そう仰っしゃらずにといいながらも強《し》いては争わず、もうそのことは忘れたように、江月《こうげつ》照ラシ松風《しょうふう》吹ク、永夜《えいや》清宵《せいしょう》何ノ所為《しょい》ゾと悠々《ゆうゆう》たる調子で吟じた。時に、と、こんどはわたしが尋ねた、あなたは大阪のお方であればこのへんの地理や歴史にお委《くわ》しいことと存じます、とすると、お伺いしたいのはいまわたしどもがこうしているこの洲のあたりにもむかしは江口の君のような遊女どもが舟を浮かべていたのではないでしょうか、この月に対してわたしの眼前にほうふつと現れてくるものは何よりもその女どものまぼろしなのです、わたしはさっきからそのまぼろしを追うこころを歌にしようとしていたのですけれどうまいぐあいに纏《まと》まらないので困っていたのです。されば、誰しも人のおもうところは似たようなものでござりますなとその男は感に堪《た》えたようにいって、いまわたくしもそれと同じようなことをかんがえておりました。わたくしもまたこの月を見まして過ぎ去った世のまぼろしをえがいていたのでござりますとしみじみとそういうのである。お見受け申すところあなたも御年輩のようですがとわたしはその男の顔をのぞきこみながらいった、おたがいにこれは年のせいですな、わたしなぞ、ことしは去年より、去年はおととしより、一年々々と、秋のさびしさというか、あじきなさというか、まあ一とくちにいえばどこからともなくおとずれてくるまったく理由のない季節