れ》はその日、最初にひとめ見たときから好もしい人だと思ったと父はよくそう申しましたがいったいその時分は男でも女でも婚期が早うござりましたのに父が総領でありながら二十八にもなって独身でおりましたのはえりこのみがはげしゅうござりまして降るようにあった縁談をみんなことわってしまったからなのでござりました。尤《もっと》も父もお茶屋遊びはいたしましたそうにござりましてその方面に馴染《なじ》みの女がないことはござりませなんだけれどもさて女房にするとなるとそういう女ではいやなのでござりました。と申しますのは父には大名趣味と申しますか御殿風と申しますかまあそういったふうな好みがござりまして、いきな女よりも品のよい上※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26]《じょうろう》型の人、裲襠《うちかけ》を着せて、几帳《きちょう》のかげにでもすわらせて、『源氏』でも読ませておいたらば似つかわしいだろうというような人がすきなのでござりましたから芸者では気に入るはずがないのでござります。それにしましても父がどういうところからそんなふうな趣味になりましたものか町人にそぐわないようでござりますけれども、大阪も船場《せんば》あたりの家になりますと奉公人の礼儀作法がめんどうでござりましていろいろ格式をおもんじるふうがござりましたので小さな大名などよりも貴族的なところがあったくらいでござりますから大方父もそういう家庭にそだったせいでござりましょう。とにかく父はお遊さんを見ましたときひごろ自分のおもっていたような人柄の人だとかんじたのでござります。なぜそうかんじましたものか分りませぬがすぐまうしろにいたのだそうにござりますから女中どもにものをいうときの口のききかた、そのほかの態度やものごしなどがいかにも大家の御寮人《ごりょうにん》らしくおうようだったのかも知れませぬ。お遊さんという人は、写真を見ますとゆたかな頬《ほお》をしておりまして、童顔という方の円《まる》いかおだちでござりますが、父にいわせますと目鼻だちだけならこのくらいの美人は少くないけれども、おゆうさまの顔には何かこうぼうっと煙《けむ》っているようなものがある、※[#「兵」の「丘」に代えて「白」、第3水準1-14-51]《かお》の造作が、眼でも、鼻でも、口でも、うすものを一枚かぶったようにぼやけていて、どぎつい、はっきりした線がない、じ