の罠《わな》に陥ってしまう。ですから私は、怒れば尚更《なおさら》自分の負けになることを悟っているのです。 自信がなくなると仕方がないもので、目下の私は、英語などでも到底彼女には及びません。実地に附き合っているうちに自然と上達したのでしょうが、夜会の席で婦人や紳士に愛嬌《あいきょう》を振りまきながら、彼女がぺらぺらまくし立てるのを聞いていると、何しろ発音は昔から巧《うま》かったのですから、変に西洋人臭くって、私には聞きとれないことがよくあります。そうして彼女は、ときどき私を西洋流に「ジョージ」と呼びます。 これで私たち夫婦の記録は終りとします。これを読んで、馬鹿々々《ばかばか》しいと思う人は笑って下さい。教訓になると思う人は、いい見せしめにして下さい。私自身は、ナオミに惚《ほ》れているのですから、どう思われても仕方がありません。 ナオミは今年二十三で私は三十六になります。 底本:「痴人の愛」新潮文庫、新潮社    1947(昭和22)年11月10日発行    2003(平成15)年6月10日116刷改版    2011(平成23)年2月10日126刷 初出:「大阪朝日新聞」    1924(大正13)年3月〜5月    「女性」    1924(大正13)年11月〜1925(大正14)年7月 ※底本巻末の細江光氏による注解は省略しました。 入力:daikichi 校正:悠悠自炊 2017年6月25日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。