せてみよう」と云う。よほど凝るのだとみえる。……… 「明日は朝から出かけるんだろうね」と云われてみると、「今日もこれから出かけるんです」とは云いにくかったけれども、そうも行かないわけがあるので、四時半頃に洋服に着換え、イヤリングを着けた耳朶をわざと寝室へさし出して、「出かけて来ます」という顔つきをして見せる。「あなた散歩は」と、照れ隠しに聞いてみる。「うん、僕も出かける」と云いながら、夫は指壓のあとでぐったりとして、まだ寝台に横になっていた。………  四月十七日。夫にとって重大な事件の起った日、私にとっても重大な日であったことに変りはない。事によると今日の日記は生涯《しょうがい》忘れることのできない思い出になるのではないかと思う。従って今日一日の出来事は細大隠すところなく刻明に書いておきたいのだけれども、しかしそういっても早まったことはしない方がよい。やはり今のところ、今日の朝から夕刻まで私がどこでどういう風に時間を消費したかについては、あまり委しくは書かない方が賢明である。とにかく私は、今日の日曜日をいかにして過すかは前からきめておいたのであるから、その通りにして過した。私は大阪のいつもの家に行って木村氏に逢い、いつものようにして楽しい日曜日の半日を暮らした。あるいはその楽しさは、過去の日曜日のうちでは今日が最たるものであったかも知れない。私と木村氏とはありとあらゆる秘戯の限りを尽して遊んだ。私は木村氏がこうしてほしいと云うことは何でもした。何でも彼の注文通りに身を捻《ね》じ曲《ま》げた。夫が相手ではとても考えつかないような破天荒《はてんこう》な姿勢、奇抜な位置に体を持って行って、アクロバットのような真似《まね》もした。(いったい私は、いつの間にこんなに自由自在に四肢を扱う技術に練達したのであろうか、自分でも呆れるほかはないが、これも皆木村氏が仕込んでくれたのである)ところで、いつもは彼とあの家で落ち合うと、合ってから別れるギリギリの時間まで、一秒の暇も惜しんで全力的にそのことに熱中し、何一つ無駄話などはしないのであるが、今日はふっと、「郁子さん、何を考えているんですか」と、木村が眼敏《めざと》く気がついて私に尋ねた瞬間があった。(木村はとうから私のことを「郁子さん」と呼んでいるのである)「いゝえ別に」と、私は云ったが、その時、ついぞないことに、夫の顔がチラリ