昨日錦で買って来た材料を婆やが料理したのである。ほかに六十目ほどのヒレ肉のビフテキ。(野菜を主にして脂肪分の濃厚なものは控えるように云われているのだが、夫は私との対抗上毎日|缺《か》かさず牛肉の何|匁《もんめ》かを摂取している。スキヤキ、ヘット焼、ロースト等々いろいろであるが、半生《はんなま》の血のたれるステーキを最も好んで食べる。嗜好《しこう》よりは必要のために食べるので、缺かすと不安を覚えるらしい)―――ステーキは焼き加減がむずかしいので、私がいる時は大概私が焼くのである。※[#「魚+鑞のつくり」、第4水準2-93-92]子がようよう届いたとみえて、それも膳の上に載っていた。「これがあるからちょっと飲もうか」ということになって、クルボアジエを運んで来たが、たくさんは飲まなかった。先日私の留守中に敏子と喧嘩《けんか》をした時に、夫があらかた罎《びん》を空《から》にしてしまって、底の方にほんのちょっぴり残っていたのを二人で一杯ずつ乾《ほ》したのであった。夫はそれからまた二階に上った。十時半に風呂が沸いたことを二階へ知らせた。夫が入浴したあとで私も浴びた。(私は今日は二度目である。さっき大阪で浴びたので、浴びる必要はなかったのであるが、夫に対する体裁上浴びた。今までにもそんなことは何回かあった)私が寝室にはいった時、夫はすでにベッドにいた。そして私の姿を見るとすぐにフローアスタンドを点じた。(夫は昨今、あの時以外はあまり寝室を明るくすることを好まなくなっていた。それは動脈硬化の結果が眼にも来ていて、周囲の物象がキラキラと二重にも三重にも瞳《ひとみ》に映り、視覚を強く刺戟《しげき》して眼を開けていられないらしいのである。で、用のない時は薄暗くしておいて、あの時だけ螢光燈をいっぱいにともす。螢光燈の数は前より殖《ふ》えているので、その時の明るさはかなりである)夫は急に明るくなった光の下に私を見出して、驚きの眼をしばだたいた。なぜかというのに、私は風呂から出ると、ふと思い付いて、イヤリングを着けてベッドに上り、わざと夫の方へ背中を向けて、耳朶の裏側を見せるようにして寝たからである。そういうほんのちょっとした行為で、今までしてみせなかったことをしてみせると、夫はすぐに、簡単に興奮するのである。(夫は私を世にも稀なる淫婦であるように云うけれども、私に云わせれば、夫ぐらい絶えず慾望に