廿餘人|伐《きり》かさねければ、河水も色を変じたり」と云うその日の河原が如何にきらびやかな地獄絵巻を繰りひろげたか、―――私は実は、「聞書」が伝える順慶の直話《じきわ》に依ってその光景を紙上に再現し、併《あわ》せて順慶が、弓矢を捨てたのみか琵琶をも捨てゝ、或る時は悔い、或る時は怒り、或る時は悟り、或る時は狂いつゝ、遂に一生かのおん方の幻影を盲《し》いた眼から消すことが出来ず、迷いに迷って塚守《つかもり》になったいきさつを、もっと委《くわ》しく書き記したいのであるが、それらはいずれ「聞書後抄」と題し、他日|筆硯《ひっけん》を新たにして再び稿を続ける折もあるであろう。即ち茲《こゝ》に物語ったところのものは、纔《わず》かに源太夫が「聞書」の前半に過ぎないのである。 [#挿絵(fig56945_73.png、横723×縦514)入る] 底本:「聞書抄」中公文庫、中央公論新社    1984(昭和59)年7月10日初版発行    2005(平成17)年9月25日改版発行 底本の親本:「谷崎潤一郎全集 第十四巻」中央公論社    1982(昭和57)年6月25日 初出:「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」    1935(昭和10)年1月5日〜6月15日 ※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。 ※表題は底本では、「聞書抄《ききがきしょう》」となっています。 ※底本は新字新仮名づかいです。旧仮名によると思われる部分のルビの拗音、促音は、大書きしました。なお旧字の混在は、底本通りです。 ※菅楯彦(1878(明治11)年3月4日〜1963(昭和38)年9月4日)の挿絵を同梱しました。 入力:kompass 校正:酒井裕二 2016年3月4日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。