排して、即刻一瞬の猶豫もなく、大阪へ出発しなければならない。 けれども若し、大阪へ行かれないで、電車の中で卒倒するような事があったら……… 「あゝ」 私は深い溜め息をついて、恨めしそうに電車の影を睨みながら、ベンチから立ち上った。一層《いっそ》の事、やぶれかぶれに先斗町《ぽんとちょう》へでも遊びに行こうか、それとも、もう少し此処に辛抱して、気分の静まる折を待って居ようか。だんだん日が暮れて、晩になって、夜が更け渡って、最終の電車が出て了うまで、つくねんと蹲踞《うずくま》った揚句やっぱり望みを達せずに、空しく木屋町へ戻る事になったら、却ってあきらめ[#「あきらめ」に傍点]が着いてせいせい[#「せいせい」に傍点]するだろう。 「や、Tさん、此れから孰方《どちら》へお出掛けです。」 声をかけられて振り返ると、其れは友人のK氏であった。面長《おもなが》の冴え冴えした目鼻立《めはなだち》に、きれいな髪の毛を前の方だけきちんと分けて、パナマ帽を心持ち阿弥陀《あみだ》に冠り、白足袋を穿き雪駄をつッかけて、なか/\軽快な服装をして居る。私は、何か犯罪が露顕した如くギョッとして、 「ちょいと大阪まで………」 と、口籠るように答えて、にやにやと変てこ[#「てこ」に傍点]な笑い方をした。 「あ、そうですか、いつかお話しの徴兵の事で………」 K氏は直ぐに合点《がてん》して、 「わたくしも今日《こんにち》用事があって、伏見まで参ります。そりゃ丁度よい所でしたな。御一緒に中途までお供しましょう。」 「えゝ」 「Tさんに御紹介します。此れは私の友人のAさんで………」 と云いながら、K氏は委細構わず自分の伴れの男―――色白の小太りに太った可愛らしい、八字鬚を生やした、三十二三のドクトルを紹介した。 「さあ、そろ/\乗ろうじゃありませんか。どうぞお先へ。」 「えゝ、ありがと」 私は依然煮え切らない挨拶をして、其の癖K氏に勧められるまゝずる/\と引き擦られるように、あの恐ろしい、物凄い、電車の傍へ近寄って行った。 「さあ、さあ、どうぞお先へ。」 K氏は何度もこう云って、両手で私の腰を煽るようにした。 「それでは、御免蒙ります。」 思い切って、眼を潰って、私はひらりと昇降口を跨いだ。そうして、室内へ入ると即座に吊り革へぶら下って、ウイスキーの喇叭《ラッパ》飲みをやった