。」 と、Aさんが云った。 「ナニ僕は電車が嫌いですから、酒に酔ってゞも居ないと、気持が悪くなって仕様がないんです。」 私は、医者に話をするとしては、少し理窟が立たぬような弁解をした。 カオーッと笛が鳴って、電車がとう/\走り出した。 「いよ/\己は死ぬのかな。」 と、私は心の中で呟いた。断頭台へ載せられる死刑囚の気持も、此れと同じに違いないと思った。 「Aさんどうです、Tさんは検査に合格しますか知ら。」 K氏がこんな質問をする。 「そうですなあ。あなたは取られそうですなあ。何しろむくむく太って居て、立派な体格ですからなあ。」 左右の窓には、京都の市街が盡きて、郊外の青葉や、樹木や、往還や、丘陵がどんどん走って居た。ひょッとしたら、無事に大阪へ着けるかも知れないと云う安心が、其の時漸く私の胸に芽ざした。 底本:「潤一郎ラビリンス※[#ローマ数字1、1-13-21]――初期短編集」中公文庫、中央公論社    1998(平成10)年5月18日初版発行 底本の親本:「谷崎潤一郎全集 第二巻」中央公論社    1981(昭和56)年6月25日 初出:「大阪毎日新聞」    1913(大正2)年1月 ※底本は新字新仮名づかいです。なお旧字の混在は、底本通りです。 入力:砂場清隆 校正:門田裕志 2016年3月4日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。