望むと、恰も熔鉱炉の底から煽り上る熱気に似た陽炎《かげろう》が麓に打ち煙って、遠くの野や林はもやもやと霞に曇り、近い町々の甍《いらか》や石垣や加茂川の水は、正視するに忍びない程、クッキリした、強い色彩に染《そめ》られて、生々しいペンキ塗りの如く私の瞳孔を刺した。切符売場の前で梶棒《かじぼう》を据えられた時、私は俥から下りようとして、着物の裾が汗ばんだ両脛《りょうはぎ》へ粘り着いた為めに、危く脚を縛られて倒れそうになった。 電車ならば大丈夫………こう信じて、無理やりに安心しようと努めて居た私の神経は、もう此の暑熱の威嚇《いかく》にさえ堪えられなくなって居たのであった。天満橋《てんまばし》までの切符を買ったものゝ、兎に角七八分休息した上、神経の鎮静するのを待とうと思って、力なくベンチへ腰を掛けたまゝ、私はぼんやりと、乞食《こじき》のように大道を眺めて居た。 電車が、市街の其れよりはもっと頑丈な、猛獣を容れる檻《おり》の如く暗黒に分厚《ぶあつ》に造られた電車が、何台も何台もぶうッ、ぶうッと警笛を鳴らしつゝ大阪の方から走って来て沢山の乗客を吐き出して、入れ代りに多勢の人数を積み込むと、再び大阪の方へ引き返して行く。二三分置きに次から次へと、幾回も発着する。私は勇を鼓《こ》して何度も立ち上ったが、改札口の処まで行くと、恐ろしい運命に呪われた如く足が竦《すく》んで、動悸が激しくなって、又よろよろと元のベンチへ戻って来た。 「旦那、俥はいかゞでございます。」 「ナニいゝんだ。己は人を待ち合せて、大阪へ行くんだから。」 こんな事を云って、車夫を追拂いながら矢張りいつまでも腰を掛けて居た。「大阪へ行くんだから。」と答えたのが、自分には何だか、「もう直《じき》死ぬんだから。」と云うように響いた。[#横組み]“If any one should ask you, say I've gone to America!”[#横組み終わり]こう叫んで、言下に右の蟀谷《こめかみ》へピストルをあてゝ自殺をした『罪と罰』の中の Svidrigailoff のように、「私は大阪へ行くんだから。」と云って、忽ち眼を舞わして此の場へ悶絶したら、あの車夫はどんなに吃驚《びっくり》するだろう。 時計を見ると彼れこれ一時である。村役場の引けるのは三時か四時か知らぬが、どうしても今日中に手続きを済まして置か