事掛《へいじがゝり》へ書いて送ったら、どうするだろう。「死んでも、気違いになってもいゝから、是非検査までに帰って来い。」と云うだろうか。そうなれば、意地にも汽車へ乗って、気違いになって帰ってやりたいような気もする。 「そら御覧なさい、君達があんまり無理を云うもんだから、僕は此の通り気違いになったぜ。嘘じゃない、ほんとうに気が違っちまったんだ!」 こう云って、泣きッ面をして、検査の当日に暴れ込んでやりたい。 其の時、臨場の軍医は何と云うか知らん。 「いや、よく帰って来た。よく気違いになってまで帰って来た。お前は義務に忠実な、感心な人間だ。」 と、冷やかな弁舌で褒めてくれるだろうか。 私は尚もウイスキーを呷《あお》りながら、愚にもつかない連想の糸を手繰《たぐ》って、其れから其れへと馬鹿々々しい考えを頭に浮べ、独りで笑ったり、怒ったり、業《ごう》を煮やしたり、いまいましがったりした。 実際真面目に思案して見て、死ぬか、狂うか、当分東京へ戻らずに居るか、此の三つ以外に差しあたっての道はないようであった。死ぬのが嫌なら、狂うのが嫌なら、どうしても萬難を排して、即刻一瞬の猶豫もなく、大阪へ出発しなければならない。 けれども若し、大阪へ行かれないで、電車の中で卒倒するような事があったら……… 「あゝ」 私は深い溜め息をついて、恨めしそうに電車の影を睨みながら、ベンチから立ち上った。一層《いっそ》の事、やぶれかぶれに先斗町《ぽんとちょう》へでも遊びに行こうか、それとも、もう少し此処に辛抱して、気分の静まる折を待って居ようか。だんだん日が暮れて、晩になって、夜が更け渡って、最終の電車が出て了うまで、つくねんと蹲踞《うずくま》った揚句やっぱり望みを達せずに、空しく木屋町へ戻る事になったら、却ってあきらめ[#「あきらめ」に傍点]が着いてせいせい[#「せいせい」に傍点]するだろう。 「や、Tさん、此れから孰方《どちら》へお出掛けです。」 声をかけられて振り返ると、其れは友人のK氏であった。面長《おもなが》の冴え冴えした目鼻立《めはなだち》に、きれいな髪の毛を前の方だけきちんと分けて、パナマ帽を心持ち阿弥陀《あみだ》に冠り、白足袋を穿き雪駄をつッかけて、なか/\軽快な服装をして居る。私は、何か犯罪が露顕した如くギョッとして、 「ちょいと大阪まで………」 と、口籠るよう