おあしの方はどないぞなるけど、まあとにかく待ってなはれ」いうて電話切ってしもてから、直ぐに自動車いいつけて、夫には「うち[#「うち」に傍点]ちょっと大阪まで行て来ま。光子さんが急用やいやはるさかい」とたったそれだけいうて、二階い上って大急ぎで箪笥《たんす》の中から揃《そろ》いの着物や何やかんやと、夫が余所行《よそゆ》きの時着る絹セルの単衣《ひとえ》と羽織と絞《しぼ》りの三尺とを出して、風呂敷に包んで、それ女子衆に持たして先いそッ[#「そッ」に傍点]と玄関まで出さしましたが、「なんやいな今時分からそんな包持って?」と、さすがに夫は気になったらしゅう、自動車い乗ろとする時に奥から出て来ていうのんでした。多分私の様子が慌《あわ》ててもいましたし、顔色も変ってたですやろし、不断着のまま髪も直さんと出て行ことするのんが、よっぽどけったい[#「けったい」に傍点]やったのんに違いないのんで、「なんやうち[#「うち」に傍点]にもさっぱり様子分れへんねんけど、今夜急にこの揃いの着物なあ、――」と、私は知って風呂敷の結び目から着物の端《はし》出して見せて、「――これどないしても着んならんことが出来たんで、大阪の店まで届けてほしいうてやんねえ。何ぞ素人《しろと》芝居でも始まったんかも分れへんけど、うち自動車待たしといて直ぐ帰って来るわ」いうて、もう時刻もおそなってしもてまして、九時二十五分ごろでしたよって、最初は真っ直ぐ南の井筒いう家い行こ思て出たのんですが、それよりもまあ梅田い行《い》てお梅どん掴《つか》まいて見よ、お梅どんに聞いたら何ぞこの訳分るかも知れへん思て、梅田の駅い行て見ますと、まん中の入り口のところに立って待ちどしそうにキョロキョロしてますよって、車の中から手招きして、「お梅どん」いうと、「やッ、奥様だしたんかいな」とびっくり[#「びっくり」に傍点]して照れくさそうにウロウロしてますのんを、「あんた光ちゃん待ってんねんやろ。今えらい事件起って、光ちゃんから大急ぎで迎いに来てくれいう電話あってん、あんたも早《はよ》乗んなさい」いうて、「えー、ほんまだっかいな」と何や腑《ふ》に落ちんらしゅうぐずぐず[#「ぐずぐず」に傍点]してるのんを無理に乗せて走らしながら、車の中で手短かにさっきの電話の話して「なあ、いったい誰やのん、その一緒に行てる男いうのんは? お梅どん知れへんのかいな?」―