たら、二階の座敷い上って行って、「ただ口でばっかりきょうだいの約束するいうても、お姉さんかてなかなか僕を信じるいう訳に行きますまいし、僕かてやっぱり何や心配ですさかい、お互に疑念残らんように誓約書|交《かわ》そうやありませんか。実はそのつもりでこんなもん書いて来たのんですけど」いいながら、懐《ふところ》から二通の証文みたいなもん取り出すのんです。……あ、そう、そう、ちょっとこれ見て下さいませ、これがその時の誓約書ですねん。[#1段階小さな文字](作者註。彼女が示した誓約書の内容は話の順序として茲《ここ》に紹介する必要があるばかりでなく、この文案を作製した綿貫なる男の性格を想像せしむるに足るから、煩《はん》を厭《いと》わず原文のままを左に掲載するであろう。――)[#小さな文字終わり] [#ここから3字下げ]      [#1段階大きな文字]誓約書[#大きな文字終わり] 現住所  兵庫県西宮市香櫨園××弁護士法学士 柿内孝太郎妻 [#ここから30字下げ] 柿内園子 [#1段階小さな文字]明治卅七年五月八日生[#小さな文字終わり] [#ここから3字下げ] 現住所 大阪市東区淡路町五丁目××番地会社員 綿貫長三郎次男 [#ここから30字下げ] 綿貫栄次郎 [#1段階小さな文字]明治卅四年十月廿一日生[#小さな文字終わり] [#ここから1字下げ] 右柿内園子ト綿貫栄次郎トハソノ各々ガ徳光光子ニ対シテ有スル緊密ナル利害関係ヲ考慮シ昭和某年七月十八日以降左ノ条件ノ下ニ骨肉ト変リナキ兄弟ノ交リヲ諦《てい》スベキコトヲ誓約シタリ [#ここから2字下げ、折り返して3字下げ] 一、柿内園子ヲ以《もっ》テ姉トシ、綿貫栄次郎ヲ以テ弟トス、栄次郎ハ年長ナレドモ園子ノ妹ノ夫タルベキ者ナレバナリ 二、姉ハ弟ガ徳光光子ノ恋人タルノ地位ヲ確認シ弟ハ姉ト徳光光子トノ姉妹愛ヲ確認シタリ 三、姉ト弟トハ徳光光子ノ愛情ガ第三者ニ移ルコトナキヨウ常ニ結束シテ防禦《ぼうぎょ》シ、姉ハ弟ト光子トヲ正式ニ結婚セシムルタメニ努力シ、弟ハタトイ結婚後トイエドモ姉ト光子トノ既ニ確立セラレタル関係ニ対シ何ラ異議ヲ申シ立ツルコトナシ 四、モシ両人ノイズレカガ光子ニ捨テラレタル場合ハ他ノ一人モソレト進退ヲ共ニスベシ、即チ弟ガ捨テラレタル時ハ姉ハ光子ト交リヲ絶チ、姉ガ捨テラレタル時ハ弟ハ