なあ? あの人きっとそんなこというねん、ほんまいうたら子供生ます能力もないくせに、――」と、そないいいなさるか思たら、一所懸命歯ア喰いしばって、眼エに一杯たまってた涙が急にポトポト頬《ほ》べた[#「べた」に傍点]伝《つと》てるのんです。  私はビックリして、「何やて、光ちゃん?」いいながら自分の耳疑ごうてますと、そのあいだにもうさめざめ泣いてなさって、実は今まで、自分のことについては何一つ隠してえへんけど、綿貫には人にいわれん秘密あって、それ知られたら自分も恥かしいし、あの人も気の毒な思ていわんといた。けど姉ちゃんに蔭でいろいろな中傷したりするのんやったら、もうあんな人、可哀そうなことも何もあれへん、自分が今みたいになってしもたのんも元はいうたらあの人や、自分の不仕合わせはみんなあの人の仕業《しわざ》やいうて、またえらい泣きなさって、そいから綿貫ちゅうもん知った時のことから始めて委《くわ》しいに話しなさって、なんでも二年前の夏、浜寺《はまでら》の別荘い行《い》てた時分、お互に物いうようになって、或る晩散歩に誘い出されて、海岸に置いたある漁船の蔭に連れて行かれた。そいで夏過ぎてからも、大阪の家が近いとこにあったさかい常時|孰方《どっち》ぞから呼び出しては逢《お》うてたら、或る時女学校時代のお友達から綿貫のことについて妙な噂《うわさ》あるのん聞いた。そのお友達いうのんは、いつや二人が宝塚歩いてるとこ見たことあるのんで、そののち朝日会館の映画の夕《ゆうべ》の時やったかに、光子さんが一人で屋上庭園に出てなさったら、「徳光さん」いうて後から肩たたいて、「こないだあんた綿貫さんと歩いてたなあ」いうのんで、「あんた綿貫さん知ってるのん?」いうたら、「うち[#「うち」に傍点]直接には知らんけど、あの人えらいシャンやいわれて、みんなが騒ぐのんやてなあ、あんたみたいに綺麗かったら一緒に歩いててもちょうどええけど」いうて意味ありげに笑《わろ》てるさかい、そないに深い関係やない、あの時ちょっと歩いただけやといい訳しなさったら、「そない弁解せんかて、あの人やったら誰も疑がうはずあれへん、あんたあの人の仇名《あだな》知ってる?」いいますよって、「知らん」いいなさると、『百%安全なるステッキ・ボーイ』いうねんし」いうてクスクス笑てるのんやそうです。それが光子さんには何の事やらさっぱり分れしませんの