りで、心のうちでは、此処まで来たらもう大丈夫や思てましてん。ところがそのまた明くる日の朝、夫はどうしても一時間か二時間事務所い出んならん用あるのんで、留守の間は絶対に外い出エへんし、電話もかけへんいうこと誓うか、それイヤやったら大阪い連れて行くいいますよって、「うち[#「うち」に傍点]かてあんた一人で出したら心配やさかい附いて行きます」いいましたら、「何が心配やのんや」いいますのんで、「うち[#「うち」に傍点]に内証で徳光さんとこいいいつけ口でもしに行かれたら、それこそ生きてられへん」いいますと、「僕かってそんな、お前に納得させへんうちに無断で不意討ち喰わすようなこと絶対にせエへん。僕がそれ誓《ちこ》たらお前も誓うてくれるか」いいますねん。そいで私も、「あんたさい意地の悪いことせエへんいうのんなら、留守のあいだぐらいじっ[#「じっ」に傍点]と待ってますさかい、安心して仕事して頂戴。うち[#「うち」に傍点]もその間アに一と休みしますわ」いうて、夫出してやりましたのんが九時頃のことで、暫《しばら》く寝台に横になってましてんけど、妙に興奮してしもてて寝られるどこやあれしません。それに夫から、大阪に着いたら直ぐ電話かかって、そいから三十分置きぐらいにチョイチョイかかって来ますさかい、何や知らん気分落ち着かんと、部屋の中往ったり来たりしながらいろいろなこと考えましたら、そのうちにふっと思いついたいうのんは、毎日々々こんな工合に根競《こんくら》べしてたら、綿貫がどないなわるさ[#「わるさ」に傍点]せんとも限らんし、光子さんかて、一昨日あんなり別れてしもてどない思てるか、昨日かて一日待ってはったやろ。どうせ口先で「死ぬ、死ぬ」いうたぐらいでは威嚇《おど》し利《き》けへんさかい、いっそ早《は》よ埒《らち》明くように、それもあんまりえらい騒ぎにならんように、奈良とか京都とか、何処ぞ近いとこへ逃げたらどやろ。そいでお梅どん頼んで、わざとビックリしたみたいに夫のとこへ駈《か》け込んでもろて、「今お宅の奥さんと家のとう[#「とう」に傍点]ちゃんと何処そこい逃げはりました。家い知れたらえらいことになりますさかい早よ掴《つか》まえとくなはれ」いうて、もうちょっとで死ぬいうとこへ夫連れて来てもらう。……それやったら、今日置いたら機会あれへん。……と、そない思いましてんけど、外い出る訳に行けしませんさ