[#「わるさ」に傍点]せんとも限らんし、光子さんかて、一昨日あんなり別れてしもてどない思てるか、昨日かて一日待ってはったやろ。どうせ口先で「死ぬ、死ぬ」いうたぐらいでは威嚇《おど》し利《き》けへんさかい、いっそ早《は》よ埒《らち》明くように、それもあんまりえらい騒ぎにならんように、奈良とか京都とか、何処ぞ近いとこへ逃げたらどやろ。そいでお梅どん頼んで、わざとビックリしたみたいに夫のとこへ駈《か》け込んでもろて、「今お宅の奥さんと家のとう[#「とう」に傍点]ちゃんと何処そこい逃げはりました。家い知れたらえらいことになりますさかい早よ掴《つか》まえとくなはれ」いうて、もうちょっとで死ぬいうとこへ夫連れて来てもらう。……それやったら、今日置いたら機会あれへん。……と、そない思いましてんけど、外い出る訳に行けしませんさかい、「あのなあ、委《くわ》しい話会うてからするよって、大急ぎでちょっと家まで来てほしい」いうて電話で光子さん呼んどいて、「旦那さんにいうたらいかんで」と、女子衆《おなごしゅ》に口止めしといて待ってましたら、そいから二十分ぐらいして来やはりましてん。  電話かかって来るうちは夫大阪にいるちゅうこと確かやのんで、かいって安心ですねんけど、そいでも不意に帰って来たら裏口から出てもらお思て、光子さんの日傘と草履《ぞうり》庭の方い廻しといて、逃げる時の用心に下の座敷で会うたのんですが、光子さんは初めから心配そうな青い顔して、昨日一日見なんだ間にえらい窶《やつ》れてなさって、私の話聞きなさるともう涙ぐみながら、「そしたらあれから姉ちゃんの方にもそんなことあってんなあ」いいなさって、自分もあの日イの夕方から昨日にかけてさんざん綿貫にいじめられた。綿貫のいうのんには、「あんたと姉さんとグルになって僕|欺《だま》そうとしてるさかい、僕の方もその裏|掻《か》いてこないだ今橋の事務所い行って、姉さんのことみんな柿内氏に話して来てやった。そやさかい笠屋町い様子探りに来たのんや。あないして姉さん連れて行かれてしもたら、もうなんぼ待ってたかて来るはずあれへん。」 [#5字下げ]その二十九[#「その二十九」は中見出し]  そないいうて綿貫は、「僕と姉ちゃんと証文換えことしてたこと、あんたかて薄々知ってたやろが、もうあんなもん反古《ほうぐ》になったさかい、証拠のために今橋い預