六月の三日のことでした。おひる頃に光子さんが来なさって、夕方五時ぐらいまで遊んで帰りなさったあと、夫と二人で晩御飯たべてしもたのん八時で、それから一時間ほどたって、九時ちょっと過ぎた時分に、女子衆が、「大阪から奥様《おくさん》に電話かかってます」いうのんで、「大阪の誰やねん?」いいますと、「誰ともいやはれへんけど、大急ぎで電話口までいうてはります」いうのんです。「もしもしどなた様《さん》ですか」いいますと、「姉ちゃん、あて[#「あて」に傍点]――あて[#「あて」に傍点]や」いうのんが、光子さんより外にそんないいようする人はないのんですけど、それが電話が遠いのんか、小声でいうてるのんか、聴き取れんぐらいかすかやのんで、何や誰ぞにわるさでもしられてるような気イして、「あんた誰ですねん? はっきり名前いうて頂戴《ちょうだい》、何番い電話かけなさったん?」と念押しますと、「あて[#「あて」に傍点]やわ、姉ちゃん、あて[#「あて」に傍点]西宮《にしのみや》の一二三四番へかけてんねんわ」と家の電話番号をいう声が、聞いてるとやっぱり紛《まぎ》れものう光子さんで、「……あて[#「あて」に傍点]なあ、今大阪の南の方にいるねんけど、えらい目に遭《お》うてしもて、……着物盗まれてしもてん。」「何《なん》やて、着物を?……あんた何してたん?」「あて[#「あて」に傍点]お風呂い這入《はい》っててん。……此処《ここ》なあ、南地《なんち》の料理屋で、内にお風呂あるよって。……」「ふうん、なんでまたそんなとこい行てたん?」「そらいろいろ訳あるねんけど、……こないだから是非《ぜひ》姉ちゃんに聞いてもらわんならん思ててんけど、……ま、その話あとでゆっくりいうよって、……あて[#「あて」に傍点]今えらいえらい難儀してるよって、……どうぞ助ける思て、あのさっき着てた揃《そろ》いの着物なあ、あれ大急ぎで届けて欲しいねん。」「そんならあんた、あれからずうッと大阪い廻ってたんか?」「ふん、そやねん。」「あんたそこに誰といるのん?」「そら姉ちゃんの知らん人やねん……あて[#「あて」に傍点]どないしてもあの着物なかったら今晩家い帰られへんよって、どうぞどうぞ一生のお願いやさかい、あれ届けてもらわれへんかしらん?」――光子さんは泣き声出してなさるのんですが、私は私であんまり意外やったんで、胸がわくわく[#「わくわく」に傍