もしられてるような気イして、「あんた誰ですねん? はっきり名前いうて頂戴《ちょうだい》、何番い電話かけなさったん?」と念押しますと、「あて[#「あて」に傍点]やわ、姉ちゃん、あて[#「あて」に傍点]西宮《にしのみや》の一二三四番へかけてんねんわ」と家の電話番号をいう声が、聞いてるとやっぱり紛《まぎ》れものう光子さんで、「……あて[#「あて」に傍点]なあ、今大阪の南の方にいるねんけど、えらい目に遭《お》うてしもて、……着物盗まれてしもてん。」「何《なん》やて、着物を?……あんた何してたん?」「あて[#「あて」に傍点]お風呂い這入《はい》っててん。……此処《ここ》なあ、南地《なんち》の料理屋で、内にお風呂あるよって。……」「ふうん、なんでまたそんなとこい行てたん?」「そらいろいろ訳あるねんけど、……こないだから是非《ぜひ》姉ちゃんに聞いてもらわんならん思ててんけど、……ま、その話あとでゆっくりいうよって、……あて[#「あて」に傍点]今えらいえらい難儀してるよって、……どうぞ助ける思て、あのさっき着てた揃《そろ》いの着物なあ、あれ大急ぎで届けて欲しいねん。」「そんならあんた、あれからずうッと大阪い廻ってたんか?」「ふん、そやねん。」「あんたそこに誰といるのん?」「そら姉ちゃんの知らん人やねん……あて[#「あて」に傍点]どないしてもあの着物なかったら今晩家い帰られへんよって、どうぞどうぞ一生のお願いやさかい、あれ届けてもらわれへんかしらん?」――光子さんは泣き声出してなさるのんですが、私は私であんまり意外やったんで、胸がわくわく[#「わくわく」に傍点]して、膝頭《ひざがしら》までガタガタふるえが来ました。何処《どこ》まで届けたらええのんかいいますと、南の太左衛門橋筋《たざえもんばしすじ》の、笠屋町《かさやまち》の井筒《いづつ》いう家やいいますねんけど、そんな料理屋聞いたことありません。そして着物の外に帯も、帯留も、帯上げも、幸いみんな揃いのものがあったんで、それ持って来てくれいうのんは分るのですが、けったい[#「けったい」に傍点]なんは腰帯やぼて[#「ぼて」に傍点]や、伊達巻《だてまき》や、足袋《たび》までも盗まれたいうのんで、「そんなら半襟《はんえり》は?」いいましたら、「襦袢《じゅばん》は助かってん」いうのんです。誰ぞたしかな人に持たして、今から一時間以内、おそても十時まで