は聞えない振りをして、その薄暗い奥の方から、円くつくねてある紅い英ネルの束《たば》を凡そ五つ六つ取り出すと、それを両手に抱へながら勝手口へ運んで行つて、洗濯バケツの中へ入れた。 「それ、洗うてやんなはんのんか?」 「そんなこと気にせんと、男は黙つてるもんや。」 「自分のお腰の洗濯ぐらゐ、何で福子にさゝれまへん、なあお母さん。」 「うるさいなあ、わてはこれをバケツに入れて、水張つとくだけや。こないしといたら、自分で気イ付いて洗濯するやろが。」 「阿呆らしい、気イ付くやうな女だつかいな。」 母はあんなことを云つてゐるけれど、きつと自分が洗つてやる気に違ひないので、尚更庄造は腹の虫が納まらなかつた。そして着物も着換へずに、厚司《あつし》姿のまゝ土間の板草履を突つかけると、ぷいと自転車へ飛び乗つて、出かけてしまつた。 さつき球撞きに行きたいと云つたのは、ほんたうにそのつもりだつたのであるが、今の一件で急に胸がムシヤクシヤして来て、球なんかどうでもよくなつたので、何と云ふアテもなしに、ベルをやけに鳴らしながら蘆屋川沿ひの遊歩道を真つすぐ新国道へ上ると、つい業平橋を渡つて、ハンドルを神戸の方へ向けた。まだ五時少し前頃であつたが、一直線につゞいてゐる国道の向うに、早くも晩秋の太陽が沈みかけてゐて、太い帯になつた横流れの西日が、殆ど路面と平行に射してゐる中を、人だの車だのがみんな半面に紅い色を浴びて、恐ろしく長い影を曳きながら通る。ちやうど真正面《まとも》にその光線の方へ向つて走つてゐる庄造は、鋼鉄のやうにぴか/\光る舗装道路の眩しさを避けて、俯向き加減に、首を真横にしながら、森の公設市場前を過ぎ、小路《しょうじ》の停留所へさしかゝつたが、ふと、電車線路の向う側の、とある病院の塀外に、畳屋の塚本が台を据ゑてせつせ[#「せつせ」に傍点]と畳を刺してゐるのが眼に留まると、急に元気づいたやうに乗り着けて行つて、 「忙しおまつか。」 と、声をかけた。 「やあ」 と塚本は、手は休めずに眼で頷いたが、日が暮れぬ間に仕事を片附けてしまはうと、畳へきゆ[#「きゆ」に傍点]ツと針を刺し込んでは抜き取りながら、 「今時分、何処へ行きはりまんね?」 「別に何処へも行かしまへん。ちよつと此の辺まで来てみましてん。」 「僕に用事でもおましたんか。」 「いゝえ、違ひま。―――」 さ