ぼん、………」と、半を打つのを聞いた。七時半だ、―――と思ふと、彼は誰かに突き飛ばされたやうに腰を浮かしたが、二た足三足行つてから引つ返して来て、まだ大事さうに懐に入れてゐた筍の皮包を取り出すと、それを木戸口や、五味箱の上や、彼方此方へ持つて行つてウロ/\した。何処か、リヽーだけが気が付いてくれるやうな所へ置いて行きたいが、叢の中では犬に嗅ぎ付けられさうだし、此の辺へ置いたら家の者が見つけるであらうし、巧い方法はないか知らん。いや、もうそんなことに構つてはゐられぬ。遅くも今から三十分以内に帰らなかつたら、又一と騒ぎ起るかも知れぬ。「あんた、今頃まで何してゝん!」―――と、さう云ふ声が俄かに耳のハタで聞えて、福子のイキリ立つた剣幕があり/\と見える。彼は慌てゝ葛の葉の繁つてゐる間へ、筍の皮を開いて置いて、両端へ小石を載せて、又その上から適当に葉を被せた。そして空地を横ツ飛びに、自転車を預けた茶屋のところまで夢中で走つた。 その晩、庄造よりも二時間程おくれて帰つて来た福子は、弟を連れて拳闘を見に行つた話などをして、ひどく機嫌が好かつた。そして明くる日、少し早めに夕飯を済ますと、 「神戸へ行かして貰ひまつせ。」 と、夫婦で新開地の聚楽館《じゅらくかん》へ出かけた。 おりんの経験だと、福子はいつも今津の家へ行つて来た当座、つまり懐《ふところ》にお小遣のある五六日か一週間のあひだと云ふものは、きまつて機嫌がいゝのである。此のあひだに彼女は盛んに無駄使ひをして、活動や歌劇見物などにも、二度ぐらゐは庄造を誘つて行く。従つて夫婦仲も睦じく、至極円満に治まつてゐるのだが、一週間目あたりからそろ/\懐が淋しくなつて、一日家でごろ/\しながら、間食ひをしたり雑誌を読んだりするやうになり出すと、とき/″\亭主に口叱言《くちこごと》を云ふ。尤も庄造も、女房の景気のいゝ時だけ忠実振りを発揮して、だん/\出るものが出なくなると、現金に態度を変へ、浮かぬ顔をして生返事をする癖があるのだが、結局双方から飛ばつちりを食ふ母親が、一番割が悪いことになる。だからおりんは、福子が今津へ駈け付ける度に、やれ/\これで当分は安心だと思つて、内々ほつとするのであつた。 で、今度もちやうどさう云ふ平和な一週間が始まつてゐたが、神戸へ行つてから三四日たつた或る日の夕方、亭主と二人晩飯のチヤブ台に向つてゐた福