に思い恐る恐るその旨《むね》を取り次いで陳弁《ちんべん》するとにわかに顔の色を変えて月謝や付け届けをやかましく云うのを慾張りのように思うか知れぬがそんな訳ではない銭金はどうでもよけれど大体の目安を定めて置かなんだら師弟の礼儀というものが成り立たぬ、あの子は毎月の謝礼をさえ怠《おこた》り今また白仙羹ひと折を中元と称して持参するとは無礼の至り師匠を蔑《ないがし》ろにすると云われても仕方がなかろう、せっかくながらそれほど貧しくては芸道の上達も覚束《おぼつか》ないもちろん事と品によっては無報酬《むほうしゅう》にて教えてやらぬものでもないがそれは行く末に望みもあり万人に才を惜《お》しまれるような麒麟児《きりんじ》に限ったこと、貧苦に打ち克《か》ちひと廉《かど》の名人となる程の者は生れつきから違っているはず根《こん》と熱心とばかりでは行かぬあの子は厚かましいだけが取柄《とりえ》で芸の方はさして見込みがあろうとも思えず貧を憐んで下されなどとは己惚《うぬぼ》れも甚しい、なまじ人に迷惑《めいわく》をかけ恥《はじ》を曝《さら》すよりもうこの道で立つことをふっつりあきらめたがよかろう、それでも習いたいのなら大阪には幾《いく》らもよい師匠があるどこへなと勝手に弟子入りをしや私の所は今日限り止《や》めてもらいますこちらから断りますと、云い出したからはいかに詑《わ》び入っても聴き入れずとうとう本当にその弟子を断ってしまった。また余分の付け届けを持って行くとさしも稽古の厳重な彼女もその日一日はその子に対して顔色を和《やわら》げ心にもない褒《ほ》め言葉を吐《は》いたりするので聞く方が気味を悪がりお師匠さんのお世辞と云うと恐ろしいものになっていた。そんな次第|故《ゆえ》諸方からの到来物は一々自ら吟味《ぎんみ》して菓子《かし》の折まで開けて調べるという風で月々の収入支出等も佐助を呼びつけて珠算盤《そろばん》を置かせ決算を明かにした彼女は非常に計数に敏《さと》く暗算が達者であり一度聞いた数字は容易に忘れず米屋の払《はら》いがいくらいくら酒屋の払いがいくらいくらと二月三月《ふたつきみつき》前のことまで正確に覚えていた畢竟《ひっきょう》彼女の贅沢は甚だしく利己的なもので自分が奢《おご》りに耽《ふけ》るだけどこかで差引をつけなければならぬ結局お鉢《はち》は奉公人に廻《まわ》った。彼女の家庭では彼女一人が大名のよう