ていて、瑠璃《るり》色の古伊万里《こいまり》の壺《つぼ》に椿《つばき》の花の活《い》けてあるのが、夫の枕の向うに見える。今日は高夏と云う客もあるのだし、もう起きなければ悪いのであるが、しかし彼女がこんなにゆっくり朝寝坊をしていられることはめった[#「めった」に傍点]にないのである。なぜなら夫婦は弘を中にはさんで眠る習慣を、その児が生れた時分から今日までずるずるに改めずにいて、子供が起きると必ず孰方かが起きないではいなかった。そして大概の場合には、夫を寝かして置くために彼女が先に起きるからだった。日曜の朝なぞ少しはゆっくり寝かして置いてもらいたいのに、学校がなくてもやはり弘は七時に起きてしまうので、彼女も一旦は起きなければならない。尤も二三年この方、だんだん体が肥《こ》えて来る傾きがあるので、睡眠時間を減らした方がいいと思っているのだし、眼に借りの出来るのはそうまで苦痛に感じていないようなものの、朝寝の快感は又おのずから別である。あまり眠りが足りな過ぎるのも不安になって、たまには睡眠剤の力で昼寝をしようとすることもあるけれども、却って頭が冴《さ》えてしまっておちおちと睡れない。一週に一度大阪の事務所へ顔を出す日に、夫がわざと気を利かして子供と一緒に出かけてくれるようなことは、月に二三度あるかないかである。とにかく寝ても寝られないでも、こうして一人寝室を占領していられるのは、近頃珍しいのである。 犬の啼きごえはまだ聞えている。「リンディー」「ピオニー」と、弘は相変らず呼んでいる。その騒々しいのが、いかにも春らしくのどかにひびいて、この五六日好晴をつづけている空の色が想いやられた。いずれ今日のうちには高夏を相手に話さなければならないのだが、それさえ今の彼女には雛人形の程度以上には気苦労の種にならなかった。心配をすれば際限がないから、すべてのことを雛人形を扱うように扱って、いつでも今日のお天気のようにうららかな気分でありたい。彼女はふと、リンディーと云うのはどんな犬かしらと、子供のような好奇心を感じた。そしてようよう、その好奇心に免じて起きようと云う気になった。 「お早う!」 と、肘掛窓《ひじかけまど》の雨戸を一枚だけ開けて、彼女は子供に負けない程の声で叫んだ。 「お早う、―――いつまで寝てるんです?」 「何時、もう?」 「十二時」 「うそよ、そんなじゃあないこと