の犬を見ておかしなことを云った人があるんですよ」 と、弘が話の風向きを変えた。 「へえ、何だって?」 「じいや[#「じいや」に傍点]と二人で海岸通りを歩いていたら、酔っ払いのような人が珍しさうに[#「珍しさうに」はママ]附いて来て、なんや、けったいな犬やなあ、鱧《はも》みたいな犬やなあって、―――」 「あはははは」 「あはははは」 「考えたねえ、鱧とは。―――成る程鱧の感じだよ。リンディー、お前は鱧だとよ」 「鱧のお蔭で小父さんの方は助かったらしいね」 要が小声で交ぜっ返した。 「だけど、顔の長いところはピオニーもリンディーもよく似ているのね」 「コリーとグレイハウンドとは顔も体つきも大体同じものなんだ。ただコリーの方は散毛でグレイハウンドの方は短毛なんだ。犬の智識のない人にちょっと説明しておきますがね」 「喉はどうなの?」 「喉の話はもう止めます、あまり愉快な発見でなかったから」 「こうして二匹が石段の下に並んでいるところは三越のようね」 「三越にこんなものがあるんですか、お母さん」 「困るなあ、君は。江戸っ児の癖に東京の三越を知らないなんて。それだから大阪弁がうまい訳だよ」 「だって小父さん、東京にいたのは僕が六つの時ですもの」 「へえ、もうそうなるかねえ、早いもんだね。それきり君は東京へ行かないのか」 「ええ。行きたいんだけれど、いつもお父さん一人だけで、お母さんと僕はおいてき堀なんです」 「小父さんと一緒に行かないか、ちょうど学校はお休みだし、………三越を見せてやるぜ」 「いつ?」 「明日《あした》か明後日《あさって》あたり」 「さあ、どうしようかなあ」 それまで愉快にしゃべっていた子供の顔に、ひょいと不安の影がさした。 「行ったらいいじゃないか、弘」 「行きたいことは行きたいんだけれど、まだ宿題がやってないしなあ。………」 「だから宿題を早く済ましておしまいなさいって、この間からお母さんが云ってるじゃないの。一日かかったら出来るだろうから今日じゅうにセッセとやっておしまい。そして小父さんに連れて行ってお戴き。よ、そうおし、そうおし」 「なあに、宿題なんか汽車の中だってやれる、小父さんが手伝ってやるよ」 「幾日向うにいるんです? 小父さん」 「君の学校が始まるまでに帰る」 「何処へ泊まるの?」 「帝国