畳を入れる。そしてしまいには「あんまりじゃぞえ!」と、みんなが一緒に泣き声を出して感心する。おかしいのは人形使いで、これも晩酌に一杯飲んだあとらしくぽうっと眼のふちを赤くしながら使っているのはいいのだが、女形を使う男なぞは佳境に入ると自分も人形に釣り込まれてへんな身振りをする。それが、文楽あたりでもやることだけれども、ここのは毎日野良で働くのが本業の人たちだから、どす[#「どす」に傍点]黒く日に焼けた顔に肩衣《かたぎぬ》を着けたのが、又その上をほんのり桜色に染めて、さもいい気持そうにしな[#「しな」に傍点]を作るばかりでなく、「あんまりじゃぞえ!」を浴びせられると、絃《いと》に乗って表情までもして見せる。人形の型にも追い追いと奇抜な手が出て、朝顔日記に失望した老人を喜ばせるようなしぐさ[#「しぐさ」に傍点]がある。太功記の次のお俊伝兵衛では猿廻しの与次郎が寝床の中へ這入《はい》ろうとする時、一旦戸締りをした格子を開けて家の前の道傍《みちばた》に蹲踞《うずく》まりながら小便をする。そこへ何処からか一匹の犬が現れて、与次郎の褌《ふんどし》を咬《くわ》えてぐいぐい引っ張って行くのである。 大阪下りと云う触れ込みで、番附に大きく名を出している呂太夫の「吃又《どもまた》」が始まったのは十時過ぎだったが、それから間もなく見物席でえらい騒ぎが持ち上った。紺の詰め襟《えり》の服を着て五六人の仲間と一緒に車坐になって飲んでいた土方の親分風の男が、いきなり土間に立ち上って桟敷の客に「さあ来い」と云いながら喧嘩《けんか》を買って出たのである。なんでもその前から、見物席が大阪の太夫ということに反感を持つらしい土地ッ児と、そうでないものとの二派に分れて弥次《やじ》を飛ばしながら、大分おだやかでない形勢になっていたところへ、一方の桟敷から誰かが何か云ったのがその親分の癪《しゃく》に触ったものだと見える。「さあ、野郎、出て来い」と今にも桟敷へ飛びかかろうとする剣幕に、「まあまあ」といって仲間の者が一度にみんな立ち上ってその男をおさえつける。男はますます威丈高《いたけだか》に、仁王立ちになって怒号しつづける。外の見物があの男をどうかしろと騒ぎ出す。おかげで折角の真打ちの語り物がとうとう滅茶々々にされてしまった。 [#5字下げ]その十二[#「その十二」は中見出し] 「じゃあ要《かなめ》さん