た方があって?」 「ありましたとも。―――芳子なんぞはそうでしたよ」 「へーえ、じゃあ臭いんで逃げられたって云うのはうそ[#「うそ」に傍点]?」 「そりゃあ斯波君の出鱈目《でたらめ》だ。今でも大蒜の匂いを嗅《か》ぐと、僕のことを想い出すって云うそうですよ」 「あなたは想い出さない?」 「出さなくもないが、ありゃあ遊ぶには面白いけれど女房にする女じゃない」 「娼婦型?」 「うん」 「じゃあ、あたしとおんなじね」 「あなたのは腹からの娼婦じゃあない。娼婦と見えるのは上《うわ》ッ面《つら》で、しん[#「しん」に傍点]は良妻賢母だそうだ」 「そうかしらん?」 空っ惚《とぼ》けているのかどうか、たべる方に余念もないと云う様子で、即席のサンドウィッチを拵《こしら》えるのにかまけている彼女は、縦に二つに切ってある酢漬《すづけ》の胡瓜《きゅうり》を細かに刻《きざ》んでは、それと膓詰とをパンの間へ挾《はさ》みながら器用な手つきで口の中へ運んだ。 「うまそうだな、それは」 「ええ。うまいわよ、なかなか」 「その小さいのは何だろう」 「これ? これは肝臓《レヴァ》のソーセージ。神戸の独逸《ドイツ》人の店のよ」 「お客様にはそんな御馳走が出なかったぜ」 「そりゃあそうだわ。いつもあたしの朝のおかず[#「おかず」に傍点]にきまってるんですもの」 「それを僕に一ときれ下さい。菓子よりその方が欲しくなった」 「意地きたなねえ。さあ、口をあーんと開いて。―――」 「あーん」 「ああ、臭! フォークにさわらないようにして、パンだけ巧く取って頂戴。………どう?」 「うまい」 「もう上げないわよ、あたしのがなくなっちまうから」 「フォークを持って来させたらいいのに。手ずから人の口の中へ突っ込むなんか、そう云うところが娼婦なんだな」 「文句を云うなら、人の物なんかたべないで頂戴よ」 「しかし昔はこんな無作法がやれる人じゃあなかったんだが、………随分しとやかで、慎しみ深くって、………」 「ええ、ええ、そうでしょうとも」 「あなたのはつまり腹からじゃあなくって、一種の虚栄心なんだな?」 「虚栄心?」 「ああ」 「分らないわ、あたし。………」 「斯波君に云わせると、あなたを娼婦型にしたのは自分が仕向けたんだから、自分に責任があると云うんだが、僕はそうば